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Summary ´ 「会津の悲劇」に異議あり【日本一のサムライたちはなぜ自滅したのか】 (晋遊舎新書 S12) Î PDF, DOC, TXT, eBook or Kindle ePUB free ¶ [Reading] ➷ ?ず、理不尽な扱いを受けた。 これを「悲劇」というが、実のところは。 本作は「会津びいきの立場に立たない会津もの」という趣旨のもとに執筆した。 意外に思う事柄も多いだろうが、すべて真実である。 はじめにより一部抜粋. 著者の問いかけは、ただ一点にある。「世間では、幕末会津藩の『悲劇』というが、それは本当に『悲劇』に値するものだったのか?」このような問題の立て方をする以上、著者は歴史評価において多少の論断を覚悟しなければならないし、読者はときにそれらを不快を感ずることもあるだろう。だが、「会津人」を自称する方の中にも、安易に「悲劇」と呼ばれることには違和感を覚える人も多い。だから、むしろ「純粋な会津人」そういう人がいるかどうか疑問だがほど著者のような「非会津人から見た幕末会津藩」の評価を聞きたいと思うだろう。 とりあえず、著者の論点をピックアップしてみよう。1 会津藩士は、100石以上は557家である。その中で「本国」が記されている464家に限定して見ると、保科正之以来圧倒的に信濃・高遠藩の出身でその数140名以上、30%以上を占める。その他は、三河、近江、甲斐、出羽・陸奥であり、会津出身者は皆無に等しい。姻戚関係は武士同士になるから、若松城下の町民との繋がりは極めて乏しい。だから、戊辰戦争では官軍を手引きしたり、会津藩士の死体から略奪する農民も少なからずいたのである。2 朱子学的価値観に貫かれた会津藩は、身分制度が強固であり、庶民にまで伝えられた「什の掟」も身分制度を前提に、価値観の押しつけの強いものだった。保科正之も会津生まれの山鹿素行を江戸から追放するなど、識見には疑問も多い。田中玄宰による藩政改革が進展した時期もあったが、そもそも「日新館教育」はプラグマチズムを欠いた硬直的なものであり、会津藩士の教養が高かったとはとても言えない。3 「京都所司代」は、彦根藩の代役だったが、松平容保に時代の大勢を読む力はなく、「浪士集団新撰組」の狼藉によって事態を修復不能にした。徳川への忠誠ではなく、孝明天皇への忠誠が後々印象に残るほどで、オポチュニスト徳川慶喜とともに大阪城から江戸に逃げ帰るなど、判断力がなかった。鳥羽伏見の戦いを避けて、恭順の意を示せば、会津藩は取りつぶしを免れただろうし、戊辰戦争の犠牲もなかっただろう。会津藩の「悲劇」の原因は、「藩祖保科正之」の教えに拘り、柔軟な発想や「時代」を読む力を欠いたからである。4 「会津の悲劇」というが、山川大蔵など薩長に伍して早々と陸軍少将に栄進し、「男爵」に叙せられている。その弟で東大総長を務めた山川健次郎、大山巌の妻となった山川捨松、東海散士こと柴四郎、「北京の55日」の日本軍総司令官柴五郎兄弟の活躍等、明治という時代に会津人がことさら排斥されたとは言えない。山川健次郎少年を保護した長州人奥平、山川兄妹をアメリカに留学させた薩摩の黒田。幕末明治にはかつての敵味方を超えた物語もあったのではないか。松平勢津子と秩父宮殿下のご成婚にいたるまで、むしろ会津人はその存在感を示し、活躍した。著者の指摘の一つ一つについて、読者は同感する部分と、異論を唱えたい部分とを感ずるだろう。ありていに言えば、「会津藩」という歴史的存在については、著者の指摘は事実を鋭く抉るところがある。しかし、「戊辰戦争・明治維新」に対する見立ては、少し、軽すぎるのではないか。海外事情にセンシティブに反応した薩長の倒幕運動と内部の葛藤から生じた西南の役に至る過程は、むしろ「歴史」が人間の小賢しい思いや戦略を有無を言わさず踏みつぶしていく姿である。会津藩も薩長もその勢いの中でもがいたのであり、そこに無数の物語が生まれた。もし読者が違和感を感ずるとすれば、そこが一番かも知れない。本書を「会津の悲劇」という「歴史の陳腐化」に対するアンチテーゼと見れば、本書のような著作を歓迎する読者も意外に多いかも知れない。少なくとも議論の幅は確実に広がるのである。

八幡 和郎 Ú 2 Review

?る決まり文句として語られる。 たしかに維新の戦いにおいて、会津藩は多くの戦死者を出し、しかも「賊軍」という汚名を受けた。 素晴らしい「士風」を保ち、代々の殿様が善政を敷いて天皇と幕府への忠義に生きたにもかかわ?. 題名から是非読んでみたいと思いました。今までと違う角度から見直すことは重要だし、必要な事だと思います。しかし、本書の場合は、あまりにも会津方や松平容保について悪く書きすぎているのではないでしょうか。私の意見ですが、会津藩そして松平容保は立派です。あえて貧乏くじを引き最後まで信念を曲げずに新政府軍と対峙した。まさしく勝てば官軍の言葉どおり、負けた側の歴史は勝者の都合の良いように書き換えられます。多くの藩がそうであったように、さっさと新政府軍側についた藩は要領は良いでしょうが誠実ではありません。私は、会津の精神が好きです。

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「会津の悲劇」に異議あり【日本一のサムライたちはなぜ自滅したのか】 晋遊舎新書 S12【これが真実の会津藩だ‼】 会津藩士は信州人 松平容保は「忠義の士」ではない 会津戦争時、庶民は官軍に味方した 斗南は不毛の地ではなかった 藩の裏側を知れば、「敗者」の事情が見えてくる 「会津の悲劇」は、幕末史にお?. 会津の史実を追及するのなら賛成なのですが。戊辰戦争勃発後以降、昔の活字本や伝承をもとにされています。つまり、昔の伝承を大元にしすぎました。それが、歴史常識とまかり通る会津史に対してのことだと書かれているとよかったのです。その間違いを会津でも色々と訂正に入っています。